電力市場は、金融市場ではない

安定供給のための「融通市場」へ立ち返る

電力制度を考えるとき、最初に立ち返るべき原点がある。

電力は、単なる商品ではない。
国民の生活を守り、企業の経営を安定させるための社会インフラである。

家庭の照明、冷暖房、通信、医療、交通、工場、データセンター、上下水道。現代社会のあらゆる活動は、電力が安定して供給されることを前提に成り立っている。電力が止まれば、生活が止まり、産業が止まり、社会の信頼が揺らぐ。

したがって、電力制度の最優先事項は、価格変動から利益を得ることではない。
安定供給である。

近年、電力市場にはさまざまな市場制度が導入されてきた。スポット市場、時間前市場、需給調整市場、容量市場、先物市場、そして中長期取引市場である。市場を通じて透明な価格を形成し、効率的な取引を実現するという考え方には、一定の合理性がある。

しかし、ここで注意すべきことがある。

市場は目的ではない。
市場は、安定供給を支えるための手段である。

ところが、電力を市場で取引する対象として捉えすぎると、いつのまにか主客が逆転する。電力を安定的に供給するために市場を使うのではなく、市場を成立させるために電力を商品化する方向へ進んでしまう。

特に違和感があるのは、電力を金融商品のように扱う発想である。

電力先物市場は、将来の電力価格の変動リスクをヘッジする手段として説明される。たしかに、燃料価格や為替、需給逼迫によって電力価格が大きく変動するのであれば、そのリスクを管理したいという事業者のニーズは理解できる。

しかし、電力先物は、電気そのものを受け渡す市場ではない。価格変動を金銭的に調整する仕組みである。つまり、実際の発電、燃料調達、送配電、需給運用、需要家への供給責任から切り離されたところで、電力価格だけが取引対象になる。

ここに本質的な問題がある。

電力の価格変動の大きな要因が燃料価格や為替であるならば、そのリスクは本来、燃料市場、燃料契約、為替ヘッジ、料金制度、あるいは保険で処理すべきではないか。原油、LNG、石炭の価格変動リスクを、なぜ電力そのものの市場で処理しなければならないのか。

  • 燃料のリスクは燃料で扱う。
  • 為替のリスクは為替で扱う。
  • 事故や停止のリスクは保険や予備力で扱う。
  • 需要変動は相対契約や調整力で扱う。

それが本来の筋ではないか。

電力そのものを金融商品化してしまうと、実物供給に責任を持たない主体が、価格変動だけを目的に市場へ参加する余地が広がる。流動性が高まるという利点はあるかもしれない。しかし、社会インフラである電力において、流動性や価格発見が安定供給よりも前に出てよいのだろうか。

私は、電力市場は金融市場であってはならないと考える。

もちろん、電力に市場性が一切不要だという意味ではない。
余っている電力を足りないところへ融通する仕組みは必要である。計画と実需給のずれを補正する仕組みも必要である。発電側と小売側が、将来の供給力や電力量を見通しながら契約する仕組みも必要である。

しかし、それは投機や裁定のための市場ではない。
安定供給のための融通市場であるべきだ。

この観点から見ると、中長期取引市場は、先物市場とは異なる意味を持つ可能性がある。中長期取引市場は、小売電気事業者が将来必要となる電力量をあらかじめ確保し、発電事業者が投資や燃料調達の見通しを持てるようにするための仕組みである。これは、実物の供給責任に近い。

ただし、中長期取引市場であっても注意は必要である。
安く仕入れた電力を、高く売れる局面で転売することが自由に認められれば、それは先物市場と似た性格を帯びてくる。自社の需要を支えるための調達ではなく、利ざやを稼ぐための取引になってしまう。

したがって、中長期取引市場を設計するならば、単なる売買市場にしてはならない。小売の想定需要、供給力確保義務、発電側の供出責任、転売後のネット確保量、市場支配力の監視と結びつける必要がある。

つまり、電力市場への参加は、責任とセットでなければならない。

  • 発電する責任。
  • 需要家に供給する責任。
  • 需給計画を守る責任。
  • インバランスを負担する責任。
  • 系統制約を守る責任。
  • 非常時にも社会を支える責任。

この責任から切り離された価格取引を、電力市場の中心に置いてはならない。

  • リスクヘッジが必要なら、保険でやればよい。
  • 燃料リスクがあるなら、燃料契約や燃料市場で扱えばよい。
  • 為替リスクがあるなら、為替でヘッジすればよい。
  • 発電所停止リスクがあるなら、保険、予備力、容量契約で備えればよい。

電力そのものを、価格変動で利益を得るための金融商品にしてはならない。

電力市場の目的は、儲けることではない。
止めないことである。

市場を使うとしても、それは安定供給のための補助装置である。主役は市場ではない。主役は、発電設備、燃料、送配電網、需給運用、保守、災害対応、そして需要家への供給責任である。

電力制度を考えるとき、私たちはもう一度、この原点に戻るべきではないか。

電力市場は、金融市場ではない。
電力市場は、安定供給のための融通市場である。

国民の生活を守り、企業の経営を安定させる。
それが電力の矜持である。

← ITQ Lab トップに戻る